ROTEX派遣体験談 | 国際ロータリー第2750地区青少年交換委員会|Rotary International District 2750 Rotary Youth Exchenge

ROTEX派遣体験談

「あなたも小さな親善大使になりませんか」

新たな挑戦、発見や驚き、感動、そして大切な人々との出会い・・・
多くの刺激と、いつまでも心の中にしまっておきたい大切な思い出で溢れた一年。
誰のものでもない、あなただけの一年が待っています。
文化・宗教・言葉の壁を越えた、小さな友情の絆も、一つ一つがつながり、広がっていくことで、大きな輪となり、それはいつしか世界の平和へとつながっていく。そんな想いが込められた、この青少年交換プログラムの交換留学生として、皆さんの中にある可能性を最大限に生かしてみませんか。

ROTEXとは

私たち2750地区ROTEX(ROTary EXchangee:ロータリー交換留学生)は、国際ロータリー第2750地区の青少年交換プログラムに参加した帰国学生によって組織され、現在二十名前後の学生メンバーが、キャンプやオリエンテーションでの活動を通して、後輩の派遣学生や来日学生の支援を行っています。

ロータリー青少年交換体験談

以下は、高校時代に一年間、日本の家族や友人たちと離れ、一味違った経験をした私たちROTEX(ローテックス)の体験談です。青少年交換プログラムについてさらに知りたい、または私たちローテックスの体験談を直接聞いてみたいという方は、「交換学生募集説明会」に是非足を運んでみてください。現在世界各国から来日している学生、そしてこの夏にはそれぞれの派遣先へと飛び立つ派遣候補生も参加します。

日本人との違い、自分との違いを受け入れることの難しさ。

トルコ/Turkeyby A.O. 2012-13年度 トルコ共和国アンカラ派遣

Rotary International District 2750

高校生で親元を離れ、言葉のわからない地に飛び込むというのは、海外に漠然と憧れを抱いていた私の予想を遥かに超える、本当に濃い毎日であった。そのなかで私が常に意識していたことは、考えつづけることだ。一見簡単そうに思えるが、これを意識していないと何も考えずにあっという間に時が過ぎてしまう。

そんななかで一番私を変えた経験は、日本人との違い、自分との違いを受け入れることの難しさに気付き、乗り越えられたことであった。日本とは大きく異なる集合体で生き、様々なことを吸収していくなかで、周りが自然に私を受け入れてくれることなどなかったし、私自身も相手をただ受け入れることは出来なかった。トルコ人はとにかく自国愛が強く、そして誰もが自分を一番に考えている人々である。来土生の友人も一人一人、国々で本当に皆が異なる。私にとって一番大きな壁となったのは、そんな人の違い、日本人との違いだった。とにかく彼等を受け入れることができず、なぜ私は彼等を否定しまうのかと何度も自らに問い続けた。考え続けた結果、私は今まで自分が正しいと思いながら生きていたのだと、だから他を受け入れることが出来ず、自分以外の考えを否定しているのだということに気付いた。しかし自分の意見を隠し、彼等の意見にただ賛成して彼等に好かれるように生きることもできなかったので、私は私の意見を主張した。それと同時に、相手に指摘され自分が間違っていると思った点を自分で認め、それを受け入れる努力をした。たしかに、相手とぶつかりあうことは多かったが、そうすることで私は相手の意見を尊重し、受け入れられるようになった。言葉の壁、文化の壁、価値観の壁があり、日本よりはるかに自分の意見を主張することが難しい環境下に置かれたなかでも自己の意見を主張すること、そして、主張しつつも他人や他国の考え方を受け入れることがいかに大切であるかに気付いた。

ロータリーでの事前研修は、ただ1年間を海外で送るだけでなく、必ず成長して帰ってきたいという強い決意を芽生えさせて下さり、ロータリアンの方々には日本でも現地でも常に支え、様々なサポートをして頂いた。国際ロータリーの青少年プログラムだからこそ、こんなにも素晴らしい貴重な経験をさせて頂くことが出来た。

生きるうえで不可欠な「頼る力」

ドイツ/Germanyby A.H. 2011-12年度 ドイツ連邦共和国派遣

Rotary International District 2750
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一年という期間を一つの出来事とするにはあまりに長すぎるかもしれませんが、青春時代の留学経験は、私に大きな影響を与えました。ドイツ語が話せるようになったことや、ヨーロッパの様々な文化に触れられたことなど、得たものは沢山ありますが、日本に帰ってきたとき、主に三つの点で、私は留学前とは違う「私」になっていました。

ドイツに行くことがきまったのは、出発の八ヶ月前でした。話すことも聞くこともままならないホームステイ生活は簡単なことではなく、毎日苦労の連続でした。私は、小さな親善大使という名の「非力な外国人」になったのです。元々はどちらかというと人から頼られるほうで、人の世話を焼くタイプなので、頼ったり相談したりというのは、不慣れで不得意なことでした。しかし、人の手を借りないことには何もかもどうにもならない。これを経てやっと、生きるうえで不可欠な「頼る力」を身につけたのです。

留学生は一年間で、世界中に友達をつくります。今の私は、国の名前を聞くと、そこにいる友達を思い浮かべます。誰も友達のいる国にミサイルを落とそうとは思いません。彼らの個を知り、人間らしく関わったあとでは、「これだからアメリカ人は」とか、「中国人はキライだ」とか、そんなことは言えません。笑って幸せでいて欲しい人が世界中にいて、いやでも世界平和を願う。これが二つ目の影響です。

三つ目はとてもシンプルです。ドイツの長い放課後が、私自身に私の夢を気づかせ、好きなことに素直に生きるドイツ人が、夢を追う勇気をくれました。あの一年のおかげで、私はいま、夢を追いかけることが出来ています。

青春時代のこの経験は、私の人生を変えた出来事でした。

「異文化理解」

タイ/Thailandby H.M. 2013-14年度 タイ王国バンコク派遣

Rotary International District 2750
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「異文化理解」 このたった5文字の言葉がいかに難しく、そしていかに単純か、私はタイでの留学で思い知らされました。

私はタイの首都バンコクに派遣していただきました。
タイは日本人も多く、日本と同じアジアという事で共通点や似たところも多かったのですが、やはり違うところもとても多かった。特に考え方の違いは私にとって衝撃的なことばかりでした。
例をあげるとすれば、まずタイ人は本当に小さいことを気にしません。予定があってもそれ通りにはまず進まず、待ち合わせでの30分以内の遅刻はたいした問題ではありません。これには日本から来た私ははじめとても戸惑いました。ですが逆にその分、タイ人はめったなことでは怒らず、私が少しミスをしてしまっても「マイペンライ!(大丈夫)」と笑って言ってくれます。
こんな優しくのんびりとしたタイ人ですが、日本から一人で来た私にとっては上に挙げたような小さな違いにストレスを感じてしまう事がありました。異文化というのは、私の今までの価値観を全くもって崩されてしまうようなこともありますし、それは今まで自分が正しいと思っていたことが間違っていると言われるようなもので、その時の私にはそんなに簡単に受け入れることができるようなものではありませんでした。

ですが、こんな私の葛藤はある一人のタイ人の友達に出会ったことで消えました。
その友達は私のそれまでのタイ人の友達には珍しく、静かで、シャイで、几帳面な女の子でした。私はそれまでタイ人に対して、楽しいことが大好きで、良くも悪くも大雑把、というイメージを持っていました。しかし、当たり前のことではありますが、日本人にも真面目だったり大雑把だったり、いろんな人がいるように、タイ人にも色々な人がいます。そのことに、私はこの友達に会ったことで改めて思い知らされました。
このときから、私は人と接するときにその人がタイ人だとか日本人だとかいう事を意識せず、その人ひとりに向き合うようになりました。タイ人と一口にいっても様々な人がいるとわかったからです。

異文化に触れるというのは今までの自分の価値観を崩されるという経験であり、それを理解するのははじめとても難しいことです。ですが、人を国籍関係なく一人の人間として見られるようになったとき、その人を理解することができるのだとこの留学は私に気付かせてくれました。